センター試験終了(^.^)です


(累計) (今日) (昨日)


1日目こそ静かにしていましたが、
2日目が終えれば、自己採点へと進みます。

金太郎みかにとって とってもつらい夜となりました。

<国語>
 現代文は □○% とまずまずでしたが、
古典と漢文で 滅多切りされてしまいました。

<外国語(英語)>
夏休み以降に通った塾のおかげで、
筆記◎▽%と高得点を確保。
しかし…ヒヤリングが▽○%と低迷しました。

<数学>
受験大学で使うか使わないかといろいろありますが、
数学1A △◇%  数学2B ▽◇%(使いません)


<理科>
生物 △○%は越えましたが、足を引っ張ることになりました。

<社会>
地理歴史 △◆%  公民△●%


合計 △○%ぐらいでしょうか…。(5教科7科目)
5教科5科目 ならば…、もう少しよくなりますね。


この出来具合では、
センター利用で申込をしていた

順天堂大学
法政大学
早稲田大学

いずれも…難しいでしょうね。



望みがあるとすれば
3教科80%の順天堂大学ですが、
残念ながら…アウトでした。

順天堂大学は、
一般入試も受けましたが、
頭悪そうな人ばかりだったのに、
補欠合格候補にしかなれませんでした。
金太郎みかの高校から受験したもう一人ののんちゃんも
金太郎みかと同じように 玉砕されました。

法政大学は、
センター利用 と T日程 と B日程 を
受験しました。
結果は 「合格」を頂きましたので、
27万円の入学金を支払って、手続きをしました。
その後の国公立二次試験の安心材料に有効ですから。

早稲田大学は、
センター利用 と 一般入試を受験しました。
「記念受験」などと謙遜していましたが、
やっぱり 合格は出来ませんでした。
(のんちゃんは、第一志望の早稲田合格!)


さて、国公立は
どこへでも出願が出来るようにと、
願書だけはたくさん揃えておりました。
大手予備校3校へ
国公立の合格可能性を計算してもらいました。

第一志望 T大学 D
第二志望 G大学 D
第三志望 T大学 C
第四志望 U大学 B

Aランクがないのは当然としても、
進路変更を余儀なくされました。

もともと第四志望の大学受験を考えていたのですから、
ここは無茶することなく…
結構本人は悩んだようですが、
いい夢を見させてもらったと言うことで、
国公立の受験校が決まりました。


「倍率は どれくらいになるかな?」
『いっても 4〜5倍ぐらいでは。』

そんな楽観視していたのがいけなかったのでしょうか。
最終倍率が 9.3倍にも跳ね上がってしまいました。
(関東では 前期最高倍率…内緒ですが(^^ゞ)
(全国的に見ても 前期での倍率Aクラスのはず(^^ゞ )

9倍と言ったら 9人受験して1人しか合格できないのです。
不安になる金太郎みかを、
出来るだけ不安にさせないようにしなければなりません。

『Bランクのひとなんて ほとんどいないよ。』
『みんな できの悪いCゃDランクの人たちが゛来てるんだよ。』
『二次だって、県内で金太郎みかの右に出るものはいないよ。』
『倍率が関係あるのは、真ん中よりも下に位置する人たちだからね。』

あわてて
後期受験用の大学を探しました。
希望する学部学科は限られていて、
新たに願書を取り寄せて
あえて 隣接する大学の後期に申し込みました。

センター受験前 当初は、
「センター利用で 出せば○○学科が合格するから…。」
などと楽観していましたが、
センター潰れれば、
私立ももちろんですが、前期も後期も 全部潰れちゃいます。


センター後の金太郎みかは、
毎日が楽しそうでした。

塾もやめて、
体力作りに励んでいるようでした。
夏で引退したバスケ部に復活し、
後輩達に混ざって体を動かし、
汗をかく快感で 過ごしていました。

高校の教官室の先生とも
ずいぶんと仲良しになって、
朝から夕方まで 入り浸りだったようです。

バドミントンをやり、
卓球で対戦し、
放課後は バスケットに戻る。
そんな楽しい生活を1ヶ月も続けていました。


前期試験 当日
2011.02.25(金)

早めの電車で 早めに会場へ。
「何人ぐらい バスケットで受験するのかな?」
『4〜5人じゃねえかな。』
またまた 金太郎パパのいい加減な予想は外れました。

男子 10名
女子  9名

他の競技に72名。
欠席 ゼロ。(棄権していいのに…(^^ゞ)

バスケットだけで19名もいたのです。
「バスケットからだけ 9名の合格者がでればいいのに…。」
「どうやって 採点するんだろう…。」
「記録なんてとれないし…。」
「シューティングの 確率がそのまま点数だったりして…。」

不安はあったようですが、
体を使って動き出せば、
そんな不安は余所に行ってしまったようで、
いつものような軽快なバスケットが出来たのだと思います。

「みんなは 敵じゃなくて 友だちみたい。」
「埼玉から来た人と お昼も食べたよ。」
『すげぇじゃん。入学でも一緒になれるといいね。』


アップをして
ドリブル いや レイアップかも? シュートをして、
シューティングを6カ所から素早く2本ずつ打ち、
スリーポイントも同じように6カ所×2を打った。
「あまり調子はよくなかった。」
「入ったかどうかなんて 見ている余裕ないし…。」
「連続で補助員がパスしてくるのを 打つだけだったから。」

後半は、補助員を入れての 5対5のゲーム。
ここでは、体を動かしていただけあって、
ゲーム感覚は鈍っていなかった。
「けっこう ヽ(^^)(^^)ノ動きが出来たよ。」
「終わったときに、充実感があったもん。」

地の利を生かしての
地元大学の体育館での実技試験。
「床がめっちゃ滑らなくなっていて、
タオルを忘れたけれど 必要なかったよ。」


そして
発表の日 3月6日(日)
金太郎ママと
高校受験の発表と同じように出かけていきました。
続きは 日記から…

 3月6日 (日) ?(2) 午後2時の着信 ♪

 そして…
 お昼を食べて
金太郎ママと金太郎みかが県都へ出かけました。
大学の合格発表に挑みました。

「合格していたら 電話するね。」
「落ちてたら そのまま帰ってくる。」

『そんな…。』

 昨年の夏以降になって
進路を変更した金太郎みか。
ちょっといい夢を見させてもらいました。
おかげで、
上をめざしてがんばって来ることが出来ました。
だから、進路を元に戻したら、
いくらセンターが失敗したって、
合格できるだろう…。

でも…考えは甘かった。
 ふたを開けてみたら、
9倍を超える倍率。

『どうせ みんなセンター失敗組が
申し込みしてるんだよ。』

『県内敵なし!
金太郎みかよりも点数とっている
受験生は 3人とはいないはずだよ。』

などと自分に言い聞かせるように
金太郎みかを励ましていました。

 しかし、県内敵なしと言ってはみたが、
2次試験当日は、県内組は少なく、
全国から大勢やってきたらしい。

『県内 敵なし』
のおまじないが 消・え・た。



 午後2時ちょうど。
それが 大学校内での掲示板への
発表の時刻でした。

県都へ出かけていた
金太郎みかから着信でした。



 270,000円の安心保険が効きましたか?
 会えなかったことがよかったのかも?
 実力を発揮できたのでしょうねか?


センターが失敗してしまっても、
9倍を超える倍率でも、
とにかく合格できたら、
それでよかったのだと。

あとは、
奨学金を借りることが出来れば、
どうにか大学に通えると思います。

今夜は
呑んじゃいます。

2011.03.06 金太郎パパ 記


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